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政策保有株式の売却メリットは?なぜ縮減するのか、株価が上がるのかわかりやすく解説
政策保有株式とは、取引関係のある企業がお互いに持ち合っている株式を指します。これは日本特有の慣習で、戦後から続いているものです。しかし、最近はトヨタ自動車や損害保険会社などが政策保有株式の売却を発表するなど、以前から続いてきた株式の持ち合いを解消する動きが出てきており、株式市場でも注目が集まっています。
このコラムでは、政策保有株式の売却メリットや縮減理由、またそれによって株価が上がるかどうかをわかりやすく解説します。
政策保有株式の売却メリットと縮減理由
政策保有株式の売却メリット(縮減理由)として、以下の4つが挙げられます。
政策保有株式の売却メリット
それぞれ見ていきましょう。
① 資本効率の向上
政策保有株式は、取引関係の強化などを目的に持っている株式です。あくまで株式なので、それ自体が収益を生み出すものではありません。つまり、政策保有株式は企業の金庫に眠っているお金のようなものなのです。
政策保有株式を売却すれば、その売却代金を元手に新しい工場を作ったり、新製品開発に投資したりできます。これらは生産能力の拡大や革新的な新商品の発売につながるため、収益を押し上げることになるでしょう。「収益を生まない政策保有株式」を「収益を生み出す資産」に置き換えることとなり、企業の資本効率が向上するのです。
② ガバナンスの改善
ガバナンスとは、企業の経営方針や意思決定の仕組みです。政策保有株式は取引関係のある企業と持ち合うことが多く、取引企業との関係に意識が向きやすくなります。その結果、企業価値の最大化にはつながらない意思決定がおこなわれてしまうリスクがあるのです。
例えば、自動車メーカーA社が部品メーカーB社と株式を持ち合っているとしましょう。ここで、新しく登場した部品メーカーC社を考えます。C社はB社の競合で、B社よりも高品質な部品を作っています。A社はC社と取引したほうがより良い自動車を作れますが、政策保有株式の存在を理由にB社と取引を継続するでしょう。
もしA社がC社の部品を使って自動車を作っていたら、現在よりも多く売れていたかもしれません。政策保有株式を売却すれば、B社との関係にはとらわれずにC社と取引できるため、より多くの収益を獲得できる可能性が出てくるのです。
政策保有株式を売却することで、より合理的な意思決定が可能になります。その結果、収益を押し上げることにつながるため、企業の価値を高められるでしょう。
③ 株主利益への意識向上
政策保有株式の売却によって、株主から取引先企業が消えます。その結果、一般の株主を意識した経営をすると考えられるのです。
また、政策保有株式の売却代金を使って、増配や自社株買いなどの株主還元策の強化をおこなう企業が増えています。株主還元策の強化は株価を押し上げる効果もあるため、株主にとって望ましいことと言えますね。
④ 適正な株価形成が可能に
政策保有株式には、取引先と中長期的な関係性を強化する目的があります。そのため、企業の業績が悪化した場合でも株式を売ることはありません。株価が安定する点はメリットですが、企業の業績や経営状態を正しく反映しているとは言えない状態です。
政策保有株式を売却すると、より多くの投資家が株式を売買できるようになります。業績の急変動などで株価が大きく動く可能性はありますが、企業の業績や経営状態を正しく反映した適正な株価形成が可能になるのです。
政策保有株式の4つの売却メリットを紹介してきました。政策保有株式の売却は、企業が合理的な意思決定をできるようにして、企業の価値を高めることにつながります。また、企業の価値向上に合わせて株価も上昇すると考えられるため、投資家にとっても大きな魅力のある取り組みと言えるでしょう。
政策保有株式の売却が株価に与える影響
政策保有株式の売却が株価に与える影響について、短期的な影響と中長期的な影響を整理すると下の表のようになります。
期間 | 具体的な影響 |
---|---|
短期 | 政策保有株式の売却によって株価に下落圧力がかかる |
中長期 | 政策保有株式の売却メリットにより株価が上昇する |
政策保有株式の売却と株価:山善の事例
先ほどの説明を踏まえて、工作機械や工具の専門商社である山善(8051)の例を見てみましょう。山善は2023年12月、みずほ銀行や三菱UFJ銀行などが政策保有株式として持っていた山善株を売却すると発表し、翌営業日に株価が7.5%下落しました。
<山善(8051)の株価推移>
突然7.5%も株価が下がると「売ったほうが良いのでは?」と焦る気持ちが出てきますが、株式の持ち合い解消によって株価が下がっただけで、企業の業績や経営能力に問題があるわけではありません。
山善は政策保有株式の売却前後、機関投資家との対話結果を開示したり、DOE※1(株主資本配当率)を導入したりと、株主と向き合う姿勢を打ち出していました。こういった取り組みもあり、中長期的に見ると株価は右肩上がりで上昇しています。
※1 DOE(Dividend on Equity)とは、別名「株主資本配当率」と呼ばれ、株主資本に対してどれだけの配当を支払っているかを示す指標です。
政策保有株式の売却によって一時的に株価が下がりますが、そこは絶好の買いタイミングになる可能性があるのです。中長期的に見ても政策保有株式の売却は経営や株価にとってプラスになるため、投資タイミングとしての活用を考えても良いかもしれません。
政策保有株式を巡る最近の動向
最近は、政策保有株式を売却する企業が増えてきています。代表的な例として、今回は以下の2つの事例をご紹介します。
政策保有株式の売却事例
① トヨタ自動車によるグループ会社株式の売却
トヨタ自動車(7203)は2023年11月、グループ会社である豊田自動織機とアイシン、デンソーの株式の一部(約6,700億円)を売却すると発表しました。背景として、資本戦略の一環として政策保有株式の保有目的を見直し、必要以上に保有しない方針を決定したことが挙げられます。
<トヨタ自動車:資本戦略>
(出典:トヨタ自動車 ステークホルダーの皆様と共に成長するサイクル[PDF])
また、この方針は東証が上場企業に要請している「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」とも合致したものです。東証の要請に加えて日本を代表する大手企業が政策保有株式の縮減を進めることで、これから産業界で政策保有株式の売却が進むかもしれませんね。
② 大手損害保険会社による取引先株式の売却
2024年2月、東京海上ホールディングス(8766)とSOMPOホールディングス(8630)、MS&ADインシュアランスグループホールディングス(8725)の大手損害保険会社3社は、政策保有株式を削減する方針を明らかにしました。
例えば、東京海上ホールディングスはトヨタ自動車や三菱商事など1,000社程度の政策保有株式を持っていますが、以下の資料のように2029年度末に政策保有株式をゼロにする方針を打ち出しています。
<東京海上ホールディングス:政策保有株式の売却>
(出典:東京海上ホールディングス 東京海上グループ中期経営計画2026[PDF])
大手損害保険会社が政策保有株式を売却する背景
大手損害保険会社が足並みをそろえて政策保有株式を売却する背景には、以下に挙げた2つの不祥事が関係しています。
大手損害保険会社の不祥事
- 2023年夏に保険金不正請求問題を起こした中古車販売業者のビッグモーターとの取引でカルテル※2を結んだ
- 企業向け保険料の事前調整でカルテルを結んだ
※2 カルテルとは、複数の企業が商品の生産量や価格、営業地域などについてお互いに協定を結ぶことを指します。競争がなくなり高い価格で商品を販売できる点で企業にメリットがありますが、不当に商品の価格を吊り上げて経済を停滞させるデメリットもあるため、世界中で規制されています。
カルテルの締結には、大手損害保険会社が株式を持ち合っていることが少なからず影響したことが指摘されており、行政処分をきっかけに政策保有株をすべて売却することとなったのです。
売却対象となる政策保有株式の規模と具体的な銘柄
大手3社による政策保有株式の売却代金は合計で6兆円以上と言われており、2025年3月期には1兆4,750億円を超える政策保有株式の売却が計画されています。
具体的な銘柄は、各損害保険会社の有価証券報告書で確認できます。一例として各社が保有する政策保有株式を3社ずつピックアップして表に整理してみました。これらの銘柄は、一時的に売却圧力によって株価が下がる可能性があります。
損害保険会社名 | 政策保有株式の一例 |
---|---|
東京海上HD | トヨタ自動車(7203)、三菱商事(8058)、本田技研工業(7267) |
SOMPO HD | トヨタ自動車(7203)、ヒューリック(3003)、信越化学工業(4063) |
MS&ADインシュアランスGHD | トヨタ自動車(7203)、本田技研工業(7267)、三井不動産(8801) |
政策保有株式の売却資金は、配当や自社株買いといった株主還元強化などに使われる見通しです。
トヨタ自動車と大手損害保険会社の政策保有株式売却の事例を紹介してきました。一時的には売り圧力が加わるため株価にはマイナスですが、中長期的には資本効率の向上や経営体制の変化が株価にプラスに働くと予想できます。下落したタイミングが買い場になる可能性があるので、うまく活用できると良いですね。
政策保有株式縮減の抜け道に注意
ここまで、政策保有株式の売却メリットや事例を紹介してきました。最後に政策保有株式の縮減には抜け道が存在することも知っておく必要があります。
どのような抜け道かというと、政策保有株式の保有目的を「純投資」に変更することです。純投資とはその名のとおり、株価の値上がりや配当金の受け取りなどによる利益獲得を目的とした投資を表します。手続きさえ済ませれば見かけ上の政策保有株式を減らせるため、抜け道として利用される可能性があるのです。
地銀による純投資目的への変更
足元では、地銀が政策保有株式を純投資に変更する事例が増えているようです。例えば、千葉銀行(8331)は817億円分の政策保有株式を純投資に変更しました。
<千葉銀行:純投資目的で保有している株式>
(出典:千葉銀行 2024年3月期有価証券報告書[PDF])
千葉銀行によると、売却について保有先と合意した政策保有株式を純投資に振り替えているとのことなので、このまま売却されるようであれば問題ありません。
Q.政策保有株式を純投資に振り替えることによるメリット・デメリットはあるか。
A.株式相場が上昇しているが、政策投資の保有株式は着実に減っており、2024年3月末の段階では連結自己資本に対する割合は 20%以下になる見通しである。売却について保有先と合意できた政策投資株式を純投資に振り替え、決算の状況等を見ながら売却を進めており、純投資振替そのものにはメリット・デメリットはないと考える。
千葉銀行|「2024年3月期 第3四半期決算に係るスモールミーティング」における主な質疑応答[PDF]
しかし、純投資に変えたあとに保有し続ける場合には、資本効率の改善や株主還元の強化は期待できないので注意が必要です。投資先が政策保有株式を純投資に変更した場合は、その後にしっかりと売却が進んでいるかを確認すると良いでしょう。
まとめ
政策保有株式の売却は、資本効率の向上やガバナンスの改善、株主利益への意識向上などのメリットが多くあります。東証の要請や業界を代表する大手企業による政策保有株式売却によって、日本全体でこの動きが広がっていくかに注目です。
政策保有株式の売却によって一時的に株価は下がりやすくなりますが、資本効率の改善などにより中長期的には企業にプラスの効果があるため、株価は再び上昇に転じると考えられます。株価が下がった場合は買い場になるかもしれないので、有効活用して資産形成していきたいですね。
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